2011/07/27

人間とは


世の中誰しもが、 

自分が一番だと思って生活をしている。 

そうでなくとも、 

多かれ少なかれ、自分が一番かわいいとは思っている。 

その点に意識を置きながら、 

人通りの多い道を歩き、観察する。 

とても興味深い。

2011/07/24

アンパンマン


なんだか最近、

元気がない。


アンパンマンみたいに、

顔を交換すると、

元気百倍になるといいんだけどな。


でも冷静に考えると、

もともとの元気が100%

それから元気をなくして、

残りが1%以下にならない限り、

元気は100%を超える計算になる。


日々強く、そしてたくましくなっていく。

偉大だよ、アンパンマンは。

2011/07/18

English


My  English  teacher  is  from  England. 

In  the  class,  we  had  presentations  about  any  aspects  of  the  UK. 

Preparing  for  the  presentation,  one  of  the  students,  who  is  actually  not  that  good  at  speaking  English,  had  a  trouble  using  a  computer. 

He  couldn't  get  the  right  spot  to  connect  his  USB  flash  drive. 

so  he  asked, 

"Where  am  I  supposed  to  insert  this?" 

The  teacher  replied, 

"Insert  WHAT?"  with  a  great  smile. 

I'm  pretty  positive  that  he  was  not  looking  at  the  face  of  the  student, 

but  the  front  zipper  of  his  jeans. 

Again,  my  English  teacher  is  from  England.

ノーパン


世間では、ノーパンというスタイルが激しく批判される。 

理由はたくさんあるけれど、 

やはりモラルという側面が強いように思える。 


しかし一度フラットな立場に身を置いて考えてみてほしい。 

「ノーパンはそこまで悪いことなのか」 


たとえば、夏の暑い日にコートを着ている人はいない。 

いるとしてもレディー・ガガぐらいだ。 

暑い日には薄い服を着る。 

なぜか? 

薄着のほうが涼しいから。 

非常に合理的。 


布の枚数が少なければ少ないほど、 

布の厚みが薄ければ薄いほど、 

夏場を涼しく快適に過ごすことができるとすれば、 

なぜ今さらパンツの上にズボンを履くような愚行を犯すのだろう。 

僕にはわからない。 


一度でいいので試してみてほしい。 

もちろん外で試す必要はない。 

パンツを履かずに、ズボンを履く。 

そして寝る。 


やめられない、とまらない、広がる僕の夢。

2011/07/06

友情


結局人間というのはお金で動く。

お金で「しか」動かない、というわけではないけど、

お金があれば人を動かすことができる。


嘘だと思ってる人は、

身近な友人に頼んでみてほしい。

「今からうちに来て部屋の掃除と洗い物をしてほしい」って。


多分ほとんどの人は、

「嫌だよ」って言う。

「いいよ」と言わせるためには、

相当の友情、もしくは相手のボランティア精神が必要になる。


ところがそのあとに、

「やってくれたら50万円あげるから」

と付け足したら、

多分ほとんどの人は、

「いいよ」って言う。

2011/07/02

最近の自分


自分は今、人生の過渡期にいる。 

当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくて、 
いいと思ってやっていたことがよくないことで、 
常識だと思っていたことが常識ではなかった。 

ここ最近になって、 
そう感じるきっかけが1つではなく、 
2つも3つも重なりあって、 
精神的に追い込まれている。 
本当につらい。 

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」 
という名言を放ったのはアインシュタインだけど、 
今になってその意味がようやくわかるようになった。 

人はそれぞれ自分の中に自分だけのものさしを持っていて、 
それを基準にすべてを判断する。 
だから一人ひとり違った尺度を持っているのは当たり前で、 
そんなことは10年も前から理解していた。 

でも今回思ったのは、 
自分のものさしがどこか間違っていて、 
人はそれぞれ違う、という点を抜きにしても、 
なにか歪んだものさしを持っていたということ。 
自分は変わらなければいけない。 

正直、自分の人生や経験、 
あらゆる考えを元にしてつくったものさしをもう1度見直して、 
折り曲げ、ぐしゃぐしゃにして捨てるのは怖い。 
怖いしつらい。 
自分の全てを否定するようで、 
本当に苦しい気持ちになる。 

でもそれをやらなければいけないのは、 
自分がもう子供ではないから。 
関わる人すべてが、 
無条件に愛情を注いでくれる親や担任の先生ばかりではない。 
子どものころと同じように自分のものさしを尊重してしまえば、 
人はどんどんと自分から離れていってしまう。 

こんなことに気づいたのは、わりと最近の話。 

東京に来て、 
大学に入って、 
将来のことを考えてみたり、 
サークルをつくってみたり、 
いろいろな人の話を聞いてみたり、 
海外への壮大な一人旅を計画してみたり、 

そんなことをしているうちに、 
自分を見失っていたのかもしれない。 

知らず知らずのうちに、 
上ばかりを見ていたのかもなぁ。